不思議ということ

「雲が白いことも 風が音をたてて ふいていることも
ささの葉が青いことも 犬が犬で 猫が猫であることも
不思議でならない」(小学4年・岩田有史)
10歳の岩田少年は、雲が白いことも、風が音をたててふいていることも、不思議でならないという。雲が白いことを不思議だと感じる世界を、教育を受けた大人たちはすっかり忘れてしまった。その不思議に対して、賢い大人たちはさまざまの答えを与えるだろう。しかし、岩田君はなお「不思議でならない」とつぶやくのではないだろうか。
「雲は感情もなく 意志も 前には一度持ったが
今は無く 不思議な力につかまえられて だだっ広く寝そべっている」(八木重吉・詩)
この詩は単に雲をうたったものであるまい。自他への誠実を尽くし、みずからの生命の本当の在り処を求めて、ひたぶるに生きた詩人・八木重吉が、その懊悩の中から、はからずも至りとどいた世界を雲に託してうたったものであろう。
不思議ということは、意味がはっきりしない、あいまいな世界を言うのでもなく、また逃避の感情でもない。思議とは人間の思慮分別のことであろう。人間の思慮分別を、もっとも確かなものだと錯覚してしまったところに、今日の人間の迷いの、苦しみの根源があるのではないだろうか。よくよく案じてみれば、私たちの生命は、ただ不思議ということに支えられてあるのではないか。〝不思議だなあ”。自己の全存在をそういう感慨でもって頷ける人は、なにより広大な明るい世界を生きている人であろう。不思議とはわからないことではなく、明らかになったことへの驚きである。人間の一切の歩みはそこから出発しているのだ。(-生命の見える時- 松本梶丸)
なんでも手に取るように一瞬でわかってしまう世界。今まで、1時間かかっていた仕事がAIによって1分で済んでしまうので、どんどん人がいらなくなる時代へ。ブッダロイドによってお坊さんもいらなくなってしまうのではないでしょうか。なんでもわかったつもりで、人生もこんなもんだとわかったつもりで、答えを握りしめて安心して生きてしまう危うさ。学答ではなく学問。問いを学ぶ。知識を蓄えた賢い大人が迷っているのですよと聴こえてきます。

退任式

昨日は、お近くのいつもお世話になっている先生と一献。
先生は41年間住職を勤められ、2023年に息子さんへ引き継いでおられますが、ご本山の退任式が先月あったと知り、ささやかながら一席設けさせていただきました。いつも気にかけてくださり、心配してくださり、鉦鼓も貸してくださり、葬儀屋さんを紹介してくださり、本当に何から何までお世話になりっぱなしで、お父さんのような存在です。なんの恩返しも出来ずにいますが、一生懸命に頑張ってる姿を見せるのが恩返しだと思って頑張りますので、これからもよろしくお願い申し上げます🙏🙇