朝出かける時には、まだ蕾でした。
帰宅すると、静かに花を開いていました。
午後からのご法事。
睡蓮に迎えられながら、
今日もお勤めさせていただきます。
合掌🙏😌✨








住職の独り言ささやきです。親鸞聖人は小さなつぶやきやささやきに耳を傾けて人々の言葉を聞き逃さなかった方だと思います。
朝出かける時には、まだ蕾でした。
帰宅すると、静かに花を開いていました。
午後からのご法事。
睡蓮に迎えられながら、
今日もお勤めさせていただきます。
合掌🙏😌✨








昨日、ご近所さんから苔をいただいたばかり。
まさか翌日、
辺り一面が苔に覆われた場所へ来るとは思いませんでした。
屋根も苔。
擁壁も苔。
道路脇も苔。
雨に濡れた苔は本当に綺麗ですね。


ご近所さんから苔をいただいた
坊守がメダカさんのビオトープに使うらしいです😊
どんな風になるか楽しみですね☺️


今日も雨☂️模様
降ったり止んだりしてもらわないと困りますからね😊
去年のような雨不足を思えば💦




私の好きな詩人に川路柳虹という方がおります。「星の世界」を作詞された方で有名ですね。
その人が、「人間に生まれてきた用事」という詩をつくっております。
「ものを取りに部屋に入ってきて、何を取りに来たのか忘れることがある。でも、戻る途中でそれを思い出すことは、すばらしいことだ。体が先にこの世に入ってきたのだが、人間に生まれてきた用事は一体何であったのか、私はわからないまま、あの世へ帰る。」
こういう詩なんです。私たちは「おぎゃー」と、この娑婆世界に産まれてきましたけど、産まれたとたん、コロッと忘れて、何のために人間に生まれたのか?いくら考えてもわからない・・・・・・。では、もとの場所に帰ったら思い出すか?どっから来たのかもわからない。どこへ帰っていくのかもわからない。それを「迷い」というんですね…。私たちは、どっから生まれて来たんでしょう。そして今どこにいて、どこに帰るのか。迷ったままはっきりしないままいのち終わって行くのは悲しい、虚しいなといのちが今わたしを生きております。
そして、何十年も聞法をされたおばあちゃんの一言。「腹は立つもんだ」何十年も聞法されてきたけど、わかったのはそれだけだと。長年の聞法が熟した味わいを感じる深い言葉です。


今日は恵みの雨☔️
今年初の睡蓮が咲きました🪷
よく見ると、
他に蕾は見当たりません。
ということは……
今年最初で最後の一輪かもしれません😹
たくさん咲く花も綺麗ですが、
一輪だけだからこそ目を奪われることもあります。
雨に濡れながら、
静かに咲く姿に見惚れてしまいました🙏😌✨



斜里郡清里町、
旧願入寺時代の斜里岳、、
願入寺の“原風景”
斜里岳って、ただ綺麗なだけじゃなく、生活の山でした。
朝起きればそこにあって、
買い物行く時も、
お参り行く時も、
季節が変わる時も、
いつも視界に入ってくる。
「観光で見る絶景」
じゃなくて、
“人生の背景”になっていた山。
こんな雄大な景色の中、1人で寂しい時もありましたが、
でも逆に、
その孤独を、
斜里岳が黙って受け止めてくれていた感じがします。
そして、御門徒さんも支えてくれていた。
雪解け、
麦畑、
コスモス、
夕焼け、
冬の青空。
「違う顔」を見せてくれていた斜里岳。贅沢な日々でした🙏











ISSで若田光一さんと宇宙にいたロボット、キロボ君。
帰還前のやりとりが思い起こされます。
「キロボ君、一緒に地球に連れて帰れなくてごめんね」
「気にしないで。僕が乗ると定員オーバーだし」
「キロボ君を宇宙に残していくのが心残りです」
「大丈夫。だって僕、ロボットだもん」
「一足先に帰るけど、また地球で会おうね」
「地球でまた宇宙の話をしようね」
キロボ君のけなげさに、
当時涙した一人でございます。
──
お勤めで100kmを超える日も少なくありません。
毎日毎日、
プリンちゃん(愛車の名前)を走らせながら、
「ごめんね」
「ありがとう」
と思わずにはいられません。
きっとプリンちゃんも、
「大丈夫。だって僕、車だもん」
と思ってくれているのかもしれませんね。
毎日酷使してるのに、
文句も言わず走ってくれてる。
そして、
チョコちゃんもムータくんも、
毎日文句も言わず、
配信に付き合ってくれています🐈🐈⬛
でも本当は、
“モノ”として扱った瞬間に、
感謝を忘れてしまう。
人にも、
物にも、
動物にも、
当たり前なんて一つもないのに。
今日も無事に、
一緒に帰って来られたこと。
一緒にいられること。
その有り難さに、
なかなか気づけない私です🙏😌✨




今日は30℃☀️
人には暑い日でも、
薪には最高の日。
しっかり乾いて、
冬には、
誰かを温める火になる🔥
暑さも、
無駄じゃないですね🙏😌✨
