誕生日

昨日から嬉し泣きで目が腫れてるのではなく、花粉症🤧で目がぱんぱんになってしまい、別人みたいと言われておる今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
24回目のニッパチの日。丸2年が経ちました。
法話会6名、子ども食堂11名の方が来てくださいました🥹
そして、なんとサプライズで誕生日のお祝いをしてもらい、🎂ケーキ🍰をみんなでいただきました🙏有難うございました🙏🥹
毎日御文さんをくり読みされている御門徒さんから、八箇条の意味や、宿善無宿善の質問をされて一緒に学ばせていただき良い誕生日になりました。(誕生日は今日ですが笑)

ドラムをやっている子のプチレッスンをしたり、充実したニッパチでした🙏😌✨

さて、桐ヶ谷斎場までひとっ走り。
今日は東京マラソン🏃
渋滞が心配😨

誕生日”の本当の意味
誕の意味:嘘、いつわり、デタラメ  
“いつわり”でたらめ”
だから誕生日の本当の意味とは
“偽りが生まれた日”って事。
人は生まれた瞬間から、
強がりや見栄、我慢という小さな嘘を身につけていく。
本当は泣きたいのに笑い、やめたいのに続け、
違うのに「これでいい」と言い聞かせる。
そうやって社会”に馴染むために、
少しずつ本当の自分を見失っていく。
では人が亡くなる日は”命日”という
命の日。それは、嘘が剥がれ落ち、
“真実の世界”へ還る日でもある。
お浄土は、この世の娑婆世界と反対の世界。
そこではすべての命が隔たりなくつながり、
愛も憎しみも一切区別がない。
ただある”だけのありのままの世界。
実はこの世で生きるということは、
その真実へ還るための“修行”(聞法)なんだ。
失敗も、嫉妬も、苦しみも
すべては“本来の自分”を磨くための磨き石。
だから人は、一年一年、嘘を削ぎ落としながら、少しずつ真の人間”
へと戻っていく(目覚めていく)
誕生日とは、“生まれたことを祝う日”ではなく、
“本当の自分に帰る誓いの日”なんだ。
「生まれる」とは、偽りを背負うこと「生きる」とは、それを手放していくこと。(誰かが言ってました)

47歳でした〜

さて、帰ったら生誕祭です笑