9月に入って、記録的な日照不足が続いているそうです☁️
確かに最近、太陽🌞さんを見ていないような……。
今日は久しぶりの晴れ間ではないでしょうか😊
日照不足が続くと、気分の落ち込みにもつながるといわれています。
日光によって、気分や感情に関わるセロトニンの働きが促されるからだそうです。
言われてみれば、なんとなくそんな感じもします😅
そんな青空を見上げながら、ふと親鸞聖人のご和讃を思い出しました。
「煩悩障眼雖不見
大悲無倦常照我」
雲や霧に覆われて太陽が見えなくても、
太陽そのものがなくなったわけではありません。
雲の下にも、その光は届いています。
古田和弘先生は、このことを「真実信心」と私たちの煩悩に重ねておられました。
私たちは、貪りや怒り、憎しみといった煩悩によって、まるで雲や霧に覆われるように、大切なものを見失ってしまいます。
けれども、私が見失ったからといって、阿弥陀さまの大悲が私を見失ったわけではない。
雲がなくなったから、初めて太陽に照らされるのではない。
雲のただ中にいるときも、すでに照らされていた。
煩悩がなくなったから救われるのではなく、
煩悩具足のこの身のまま、すでに大悲の光の中にある。
そして光があるからこそ、雲の姿も見えるということ。
仏さまの光に照らされるとは、ピカピカ光輝く立派な人間になることではなく、
「ああ、私はこんなにも貪り、腹を立て、人と比べ、自分の都合ばかり考えていたのか」
と、自分自身の愚かな姿を知らされていくことなのかもしれません。
久しぶりに見えた青空🌞
でも、今日になって太陽が現れたわけではありません。
見えない日も、ずっと照らされていた。
そして、誤植を発見💡
煩悩によって真実信心を覆う文章が、脱字によって「に」を失っておりました😊
南無阿弥陀仏🙏






