中道とは何か?

はっきりわからないとTVのコメンテーターは口々に首をかしげ、ある政治家は「中道って具体的になんですかね?」と発言。

そしてある政治家は、中道とは

「これは人間の幸せが第一、人間の幸せより他にもっと大事なものがあるという考え方ではない、という人間中心主義です。」のコメントを聞いて、

真宗教団連合結成30周年共同宣言を思い出しました。

「現代を生きる私たちは、科学の発達による明るい未来と、経済的繁栄による人間の幸せを追い求めるという一元化された価値観のもとに20世紀を過ごしてきました。経済的繁栄という心地よい生活は、大量生産、大量消費、大量廃棄という結果をもたらし、大量生産は森林破壊による地球砂漠化を、大量消費は地球温暖化を、そして大量廃棄は地球汚染化を急速に進めてきました。

また、その経済的繁栄のために形成された競争社会は、他に勝つことだけに心を奪われ、人間同士の信頼関係を喪失せしめ、家庭は崩壊し、教育は荒廃するという状況をも作り出しました。その結果、人間として豊かな生活を求めることは当然の権利であるという、そのヒューマニズムへの驕りが人間自らの存在を危機に追い込んでしまった時代と言えます。こうした目先の繁栄を追い求める人間の欲望は、今日も増幅するばかりで止まるところを知りません。そして、人間は現世主義に陥り、健康と長寿をひたすら願望する心しか持てなくなり、本来、仏教はそのような心の暗闇を照らす光であるにもかかわらず、現実にはその願望に応えるだけの現世利益信仰となってしまったのではないでしょうか。

経済的繁栄の中で人間同士の信頼関係が喪失し、一人で生きていると錯覚し、ひたすら現世での健康と長寿を願い、自らの欲望の充足のみを求めて生きる私たちに対して、人間とは、決して一人では生きられず、さまざまな関係性の中でただ今を生かされている存在であることに気づけという、いのちそのものからの呼びかけ、いのちそのもののはたらきこそが、阿弥陀如来の本願です。この呼びかけに目覚める時、その時こそが、人間が人間であり続けることが困難となる二十一世紀に向かって、人間であることを問い続ける力となりえるのです。そして、私たちのいのちは生かされているいのちであり、私のものではなかったと、いのちを私有化しているあり方が慚愧され、私たちに大いなるいのちの世界が開かれてくるのです。この生かされ願われているいのちへの自覚を促す南無阿弥陀仏の念仏であり、真宗の教えなのだと人間とは何かと問い続けることを放棄しないと宣言したのです。」(東別院テレフォン法話より)

人間は万物の霊長であると錯覚をし、他のいのちを奪い続け、今だけ金だけ自分だけに邁進しております。年間2000人以上の命が餓死しているにも関わらず、1日に輸入する食料より廃棄する量の方が多い日本。人間の本当の幸せとは何か?