よし。これで明日の準備は万端かな。
緊張しなくなったら、坊さん辞めなさいと言われております。頑張ります🙏

住職の独り言ささやきです。親鸞聖人は小さなつぶやきやささやきに耳を傾けて人々の言葉を聞き逃さなかった方だと思います。
よし。これで明日の準備は万端かな。
緊張しなくなったら、坊さん辞めなさいと言われております。頑張ります🙏

また怠惰にYouTubeを見ていて、たまたま成田悠輔さんの卒業式での祝辞のスピーチに出会った。
今の自分の傷心に染みたのもあるけれど、とても共感できる内容だったので、たまたまでもこの記事に出会ってくれた人への共有と、自分にとっての記憶のために感じたことを書いてみる。
祝辞の全ては以下のYouTubeから全編見られる。下の埋め込みは私の特に好きな部分から始まるので、時間のある人は動画を戻してぜひ全て聞いてみて欲しい。https://youtu.be/bbQX89lVkj4
後半の「ニコ没」の話も良かったけど、個人的には導入の部分が凄く響いた。自分の想いとしてもあったものが、上手く言語化されているなと感じた。
「ただお約束しますが、殆どの人間にとって、人生はそんな大したもにはならないですから。成功物語とは程遠いですね。結構グダグダな人生が待っていると思うんですよ。」
スピーチから引用
日々を生きていても、就活をしていても本当にこれは感じた。
自分は、大学受験が上手くいかなくて、1浪しても行きたいと思っていた大学には行けなかった。
大学では頑張って、就活こそは成功するぞと思っていたけど、元々一番なりたいと思っていたものにはなれなかった。
それらを振り返って、成功者ではないけども、かといって敗者なのかと言わたら、そんなこともない気がする。グダグダだけど、それでもどうにか生きていけている。
「更に成功者って言われるような人もですね、よくよく見てみると、そんな大したことない場合が多いと思うんですよ。たまたまいい人とか、いい組織と巡り会えたとか、あるいは生まれながらにすごく特殊に恵まれた体をもっていたとか、スタイルを持ってたとか頭脳を持ってた。そんな人ばかりですよね。
さらにはたまたますごく伸びている業界があったりとか、いきなり爆発する領域があったりして、そこにたまたま出会わせたという、ただただ運が良かった人っていうのも多いと思うんですよね。」
スピーチから引用
成功も偶然が重なってできているという考え方、これも本当にそうだと思う。
自分の就職活動も、結局は運が多かったと思っている。たまたま自分に合う企業が見つかって、たまたま相性の合う面接官で、たまたま自分をアピールできる面接の質問だった。
もちろん努力が不要という訳ではないけど、努力しても成功しないことはうんとあって、より少ない努力で成功している人も世の中たくさん見当たる。やっぱり結局は運なんだよね。
むしろ自分は、自分の就職活動に対して、一番望んでいた結果では無かったけど、運なんだから受け入れて乗ってみることにしたと言っても良いかもしれない。運が悪いことに嘆くより、乗ってみる方が楽しいのかなと思っている。
それから、このスピーチの中の「たまたますごく伸びている業界があったりとか、いきなり爆発する領域があったりして」という部分、成田さんならこれAIのことも意識していたりするのかなと思った。
このスピーチが2023年の3月のもので、LLMの時代を作り上げたといっても過言ではないだろうChatGPTが初めて世に出たのが数か月前の2022年12月頃。そうだったらその後のLLMの隆興を示唆しているようで、先見の明が凄いなぁ。
「本当に大事なのは、そういう成功者のメッセージを聞くことではないんじゃないかという気がしているんです。じゃあ、何が大事なのか、僕がもっと大事だなと思うのはうまくいくかどうか全くわからない。むしろ、たぶん失敗するという中でも、とりあえず無理矢理足を踏み出してしまう意味不明な勇気というのをどう持つかということじゃないかと思うんです。」
スピーチから引用
この前、コミュニティ内のメッセージを話せる機会で「とりあえずやってみて」と伝えた。人生を盛り上げる手段として、やっぱりとりあえず踏み出す勇気が大事だと共感できる。
グダグダでも取り敢えずやってみるのが楽しいよね。
ちなみにその時の自分の発表では、ゲームプロデューサの桜井政博さんのYouTube動画を伝えた。これもまさにである。ダメかもしれないけど、とにかくやってみる!
最後に、順序は前後するがスピーチの中で、成功者の経験から教訓や「メッセージを抽出しようと頑張りすぎる傾向がちょっとある」という話があった。
この間読んで感想も書いた『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中でも「頑張りすぎる」という話題があったと記憶していて、やっぱりみんな同じことを考えているんだなと思った。(ITエンジニア。20代男。より)
今日は久々の雨☔。休日に限っての雨☔
先日は雪☃️でしたけど、もう、何年も降ってなかったようなまとまった久しぶりの雨☔。恵みの雨ですね。もっと降ってほしいけど、降りすぎても困ります。
でも降ってもらわないと、東京は節水を呼びかけられてますので、ある一定の範囲内で降ってもらわなければ困るのです。


今日は法務が少ないので僕だけ。坊守は勉強会へ。
民生委員のお仕事は大変ですね。
お疲れ様です‼️

ご案内申し上げます。
ぜひ、お誘い合わせの上お参りください。お問い合わせは願入寺まで。(行き帰りの送り迎えあります)
https://kaikyosha-kai.blogspot.com/2026/02/20252026331.html
昨日は雪☃️の中有難う御座いました♪
お雛さんを飾りました😊
少し早かったかな





寒いからとカイロをいただいた。ホットの缶コーヒーも用意してくださりホッと一息。
カイロは肩甲骨に貼るといいですよと、貼りましょうか?と言ってくださいましたが、大丈夫です😊心があったまりました

最近始まったNHKのドラマ「テミスの不確かな法廷」を観ている。主人公は(たぶん)自閉症スペクトラムの青年。彼は発達障害を隠して判事として働いている。ドラマ内では明確な病名は提示されていないけれど、それを示唆する場面が多々あり。
この主人公の障害ゆえの「こだわり」や「フラットなものの見方」が事件解決に結びついていくのだけれど、特筆すべきは主人公を演じる松山ケンイチ さんの演技。めっちゃいいんだ〜。うまい!よく研究している。なんかこの主人公を好きになっちゃう。
ドラマが秀逸なのは、「発達障害の主人公」や「逆転裁判」そのものを売りにしていないところ。主人公が自閉症スペクトラムらしきであることは設定としては重要なのだけど、ドラマの核はそこじゃないんだよね。
主人公の“特質”が浮き彫りにしているのは、日本の司法が前提にしてきた「暗黙の了解」「空気」「前例」「忖度」そのもの。主人公は「制度の側が歪んでいる」ことを、結果的に可視化してしまうフィルターとして機能している。
それともう一つ。検察が起訴したら99パーセント有罪確定、みたいな日本の司法制度のあり方そのものに問題提起をしている。日本の刑事事件って、捜査・起訴段階でほぼ勝敗が決まっている構造なんだよね。
そもそも歪んだ司法制度の場で判決を下す判事という職業って、あまり知られていない(ドラマとしなるのは初めてでは?)。今回の衆議院選挙でも「最高裁判事」の信任を問う紙も渡されたけれど、うーん、判事の善し悪しってどう決めたらいいの?って思ってきた。
このドラマを観たことで「判事」の仕事に興味がわいて、具体的な判例などAIで調べてみようと思うに至る。判事から弁護士に転職した人が「判事という仕事はやりたくない」と言っていた理由がほんのちょっとだけわかるきっかけになったかな。そーかー。こういう矛盾をいっぱい抱えていたのか……と。
三権分立……と学校で習ったけれど、そうすっきりとは分立していないんだよね。ずっと同じ政治権力が維持されていればそうなるのは、必然だろうけど、固定したもの動かすのってとっても難しい。
制度的矛盾ってのは、知らないほうが楽だ。できれば矛盾なんか観たくないし、知りたくない。考えないほうがずっと長生きできそう。制度と戦うと個人は疲弊する。これ、おばさんの実感。
人の人生を壊しても、制度は責任を問われない。制度側で関わった人たちはいつも知らんぷりだ。
どうしてそういうことが起きちゃうのか。何が問題なのか。そして、それはどうやったら、避けられるのか……について、ドラマは「物語」として答えを出している。まるっきり現実的じゃないよ、だってドラマだからね。
だけど……考える材料にはなってくれるかも。
このドラマ、きっと最後まで観ると思う。私が見てきた矛盾と、同じような場所を照らしているから。もう一度、あのいやーな感じの場所を思い出させてくれたから。希望らしきものとセットで……。
結局、わたしはまだ人間に希望がほしいんだな……。ドラマであっても。 (田口ランディ)

今日は坊守がお通夜のお勤めへ🙏
この青袈裟は、輪番の形見にいただいた大切な袈裟です🙏
