いのちと向き合う

朝は比較的涼しく、少しだけ過ごしやすいですね😊

今日は久しぶりの早い時間からのご葬儀🙏

おにぎり🍙を握ってくれました。
ありがとう😌

目連尊者かと思って近づいた石碑は、よく見ると「日蓮大菩薩」でした😹

それにしても、目連さん、お母さんだけじゃなく、お父さんのことも少し心配してあげてほしかったですね😊

そして今年の夏休みは、娘が遊びに来てくれる予定です😊

今から楽しみです‼️

「亡き人を案ずる私が、
実は亡き人から案じられている」

今日も、いのちと向き合う時間を🙏

土用の丑の日

暑い暑いとばかり言っていられませんね🥵💦

一日早い土用の丑の日。

帰宅すると、うな丼を作って待っていてくれました🙏😊

暑さに負けないようにとの気持ちが何よりのご馳走です。

感謝して、いただきます。

ご馳走さまでした🙏😌

シルミックス

いや〜凄い豪雨と雷でしたね☔️⚡️💦

お通夜の最中に停電するなんて、初めての経験でした😳

それにしても、化繊を注文したはずなのに、手触りといい着心地といい、「本当に化繊!?」と思っていました。

注文内容を確認してみると、「シルミックス」と書いてあり納得💡

化繊とは思えないほど手触りが良く、汗染みまでしっかりつく💦

洗濯できるのかな?🤔

何はともあれ、これから長く愛用できそうです🙏😊

ゲリラ豪雨

昼間は 39℃ 🥵

この時間になっても、まだ 38℃…💦

今日は葬儀のお勤めを終え、そのままお通夜へ🙏

移動の途中でゲリラ豪雨に遭い、間一髪…と言いたいところでしたが、しっかり間に合いませんでした😹☔️💦

それでも、雨のおかげで少しだけ暑さが和らいだような気もします🙇

丁寧に丁寧に🙏

追伸 法話中、雷⚡️で一瞬停電になりました💦

スプレー

あまりの暑さに、つい買ってしまいました😹💦

シュッとひと吹きすると、ひんやり涼しくて気持ちいいですね😊

今年の夏も本当に厳しい暑さです☀️💦

水分と塩分をしっかり補給して、無理をせず、休めるときはしっかり休みながら過ごしましょう🙏

今日も熱中症に気をつけて、それぞれの場所で、どうぞご無理のありませんように🙏

時間が無い

ゔ〜お盆の法話…のんびりしてたら、急に法務が立て込んで時間がないやばい…💦

今回は7本柱で🙏🙇

・「盂蘭盆=ウランバーナ(倒懸)」の語源。

・目連尊者の物語を単なる親孝行の話ではなく、人間の執着や煩悩の問題として読んでいく。餓鬼道は、欲深い者がその報いとして赴く世界。自分の欲望というものが決して成就しない世界。

・ 「汝一人のおよぶところにあらず」を、自己の力への慢心への戒めとして受け止めていく。(神通力でも救えなかった)

・お母さんに対する愛情というものが強かった。お母さんだけ助かれば良い、他の人はどうなってもいい。その愛情の強さゆえに周りが見えなくなってしまった。母親一人に食料を与えることができたとしても、それは本当の意味での救いにはならない。個人的な救いというものが結局、争いを生む火種になっていくということもある。

・ビルケナウの収容所から輸送されていたユダヤ人の貨車の中に、ドイツ人の労働者がパンを投げ込むということがあった。その一切れのパンをめぐって、飢えた群衆が殺し合いを始めてしまった。

・1人だけの救いではなく、三宝の「僧」の意味、仲間と共に教えを確かめ合う存在として丁寧に説明していく。一緒に教えを聞き伝えていく仲間がいなければ、どれだけそれが立派な素晴らしい教えであっても、必ずそれは独りよがりのものになってしまう。

・真宗は「追善供養ではなく、亡き人を縁として私が聞法するお盆、生きている事のいのちの不思議」へ結んでいく。追善というのは、私たちが死者をなんとか救ってあげようという発想。私と亡き人が遠く離れて距離が出来てしまっている。念仏によって遠くの誰かを供養するというのではなくて、すでに先祖であれ亡き人であれ、私の命として生きておられるということ。私が生きていることの中に、いつでも亡き人がいる。大切なその人は、どこかに知らない場所に消えてしまったわけではない。あなたの命としてあなたの中に生きている。無数の命のつながりがあって、今ここに私の命は生きて働いている。無量寿を生きよと呼びかけて下さっている。

心配

最近、お寺の火事のニュースを耳にすることが増えました。

今日、ご近所さんが仕事の休憩時間に電話をくださり、
「最近、お寺の火事が増えているみたいだけど、大丈夫?」
と心配してくださいました。

火災対策のことまで一緒に考えてくださり、そのお気持ちが本当に有り難く、胸がジーンとしました。

その時ふと、
「開教とは、こういうことなのかもしれない」
と思いました。

お寺のご門徒さんというわけではありません。

それでも、お寺のことを気にかけ、住職のことを心配してくださる方がいる。

住職は、何か特別なことができるわけではありません。

ただ、そこにいる。住むのが仕事。

それだけで「心配してくれる人」がいる。

浄土真宗で阿弥陀さまは、私たちの人生を思い通りに変えてくださる存在ではありません。

苦しみを力ずくで取り除くのでもありません。

それでも、どんな時も私を見捨てず、ともにいてくださる。

「あなたは一人ではない」

その願いが、いつも私に向けられています。

今日の一本の電話が、そのことをあらためて教えてくれました。
いるだけで安心と思っていただける。
そんなお寺、そんな住職でありたいと、今日の電話が教えてくれました🙏

「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし。」

と。

南無阿弥陀仏

宿題

別院時代のプリントが出てきた。

いつだったろうか?

こういう宿題を出す輪番さんって今いるのかな〜

本当に有難いご縁でした🙏