強化とは

「教化活動の基本は、我々寺院に身を置く一人ひとりが、自ら聴聞し、教えを聞いていくことである。その際に、これまでのように「教区は何もしてくれない。本山は何をやっているのか。」という意識、発想を転換して、「私はこういうことをやりたいが、それについて本山、教区は何か良い方法を持っているなら教えてほしい。手伝ってほしい。」あるいは、「私がやることを妨げないでくれ」というように、主体的に取り組むことが求められる。本山から言われたから、教区から言われたから」と、文句は言いながらも結局それに頼り切ってきた中央集権的発想を転換して、教区の教化は教区人が責任を持って企画立案し、実行していくことのできる体制を持ちたいという願いのもと、新しい教化委員会(教化本部)は発足したのであります。」

開教6年目。

この文章に目が止まった。
今の私の目を覚まさせていただいた言葉である。

自分のやりたい事を妨げないでくれと言う事が出来るのかが問われている。
本山から言われたから、教区から言われたから、と言えない環境の中、お寺で一体自分は何がしたいのか。何が出来るのかが問われている。

南無阿弥陀仏

お供え物

大きなりんごをいただきました。

みかんと並べてみると大きさがわかると思います。

有難う御座いました🙏😌

南無阿弥陀仏

丁度良い

仏様の言葉「丁度よい」

お前はお前で丁度よい
顔も身体も名前も姓も
お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も
息子の嫁もその孫も
それはお前に丁度よい
幸も不幸もよろこびも
悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は
悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度よい
地獄に行こうと極楽に行こうと
行ったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく卑下する要もない
上もなければ下もない
死ぬ月日さえも丁度よい
仏様と二人連の人生
丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時
憶念の信が生まれます
南無阿弥陀仏


(出典 石川県野々市町の真宗大谷派
常讃寺坊守(住職の妻)藤場美津路さんが
月に一度発行する寺報「法友」の82年2月号
に掲載されたもの)