今日は御門徒さんが来てくださいました。
人生、いろいろあります。
思いどおりにならないことや、苦しい出来事に出会うこともあります。
お話を聞かせていただく中で、恩師からいただいた言葉を思い出しました。
「人の道を外さず、真面目に生きていれば、大抵のことは何とかなる。大丈夫。」
私も、そのままお伝えしました。
私にできることは多くありません。
それでも帰り際に、
「話を聞いてもらえただけで心が軽くなりました」
と言ってくださいました。
その言葉が、とても嬉しかったです。
坊守と一緒に八王子駅までお送りした帰り道、ふと考えました。
「人の道を外す」とは、どういうことなのだろう。
この言葉を聞くと、犯罪や悪いことを思い浮かべます。
もちろん、それもあるでしょう。
しかし、本来はもっと身近なことなのかもしれません。
人をだますこと。
人を傷つけること。
約束を軽んじること。
自分の利益のために人を利用すること。
感謝を忘れ、自分だけが正しいと思い込むこと。
そうした生き方も、「人の道を外す」と言えるのかもしれません。
しかし、真宗ではさらに私自身へと問いが向けられます。
『大無量寿経』には、
心常念悪
口常言悪
身常行悪
と説かれています。
罪悪深重、煩悩具足の凡夫である私には、「私は人の道を外していません」と言い切ることは出来るでしょうか。
だからこそ大切なのは、道を外さない人になろうとすることではなく、道を外してしまう私であることに気づかされ続けることなのではないかと思います。
恩師は私に、
「立派な坊さんにならなくていい。立派な坊さんは世の中にたくさんいるから、あなたがわざわざなる必要はありません。立派な坊さんではなく、自分の身の事実を素直に白状できる坊さんになってください。」
と教えてくださいました。
今もその言葉が、深く心に響いています。
その気づきを与えてくださるところに、阿弥陀さまのおはたらきがあるのだと思いました。
南無阿弥陀仏🙏



