ニッパチの日

子ども食堂の情報をシェアします♪

4月28日ぜひお越しくださいお待ちしております😌🙏✨

小さな寺子屋~ひよこ〜子ども食堂です。明日4/28の子ども食堂のメニューは
しょうが焼き丼
(春菊とタァツァイのナムル乗せ)
※チンゲン菜の味噌汁
リーフレタスのさっぱりサラダ
どなたでもご気軽にお越し下さい。お待ちしてます
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小さな寺子屋〜ひよこ〜子ども食堂
八王子市中野上町4丁目32-1願入寺
042-404-2080
ホームページ:
小さな寺子屋ひよこ
https://terakoya-hiyoko.studio.site/
毎月28日
16時~18時
(17時半入場まで)
こども無料
大人(18歳以上)300円
※現金のみ
20食限定 無くなり次第終了
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※ボランティア(調理・片付け・読み聞かせ等の交流など)
※食材提供
※絵本・おもちゃ提供
※ご寄付
ご協力いただける方はDMにてご連絡ください&
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※ご寄付は以下へお願いいたします。
多摩用金庫
店名中野支店(店番069)
預金種目普通
口座番号 0407001
名義小さな寺子屋ひよこ

鯉のぼり🎏

今日は朝から、ご近所さんが芝桜の様子見お手入れに来てくれました😊
では、お参りへ行ってきます🙏

屋根より高い鯉のぼり🎏180匹圧巻でした

1ヶ月って早い

1ヶ月って、本当に早い。

今月は2週間、風邪でダウンしてましたが…
気づけばもう、ニッパチの日が近づいてきました。

時間って、ちゃんと待ってくれませんね😅

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「1ヶ月あれば余裕で準備できるはず」

毎回そう思うのに、
なぜか直前になって焦るこの感じ。

⸻

でも、そんなバタバタの中でも、
ちゃんと「その日」はやってきて、
ちゃんと「お参りの場」は開かれます。

完璧じゃなくても、
その時その時でできる精一杯を。

⸻

今月も、どうぞお参りにいらしてください🙏

一緒に、立ち止まる時間を。

どっちが正しいの?

教行信証では、「名利の太山」
御一代記聞書では、「名利の大山」

「名利の太山」と「名利の大山」
どっちが正しいの?

答えは──
どっちでもいいんです。

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太でも大でも、
言ってることは同じ。

「名誉や利益が山のように積み上がっている」

問題はそこじゃない。

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その山に、
埋もれてるのが“この私”だということ。

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評価。
お金。
いいね。
数字。

気づけば、どんどん心が膨れて積み上がっていく。

そして、

気づかないうちに、
その中で身動きが取れなくなっている。

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山の大きさを比べてるうちは、
まだその山の中にいる。

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「太か大か」じゃなくて、

そこからどう生きるか。

⸻

仏教って、
言葉の違いを正す教えじゃなくて、

“自分の姿に気づかされる教え”なんだと思います🙏😊

お菓子

ご近所さんがお菓子を持って来てくださいました😊
今日、近くのお菓子屋さんのイベントに行けなかったので、チケットはお迎えさんにあげたら喜んでくれたので、嬉しいなと思いました😊

自己とは何ぞや

市からの保険証と、税金のハガキ。
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保険証は「国分 誠」。
でも“分”だけ手書き。(もうちょっと上手に書いてほしい)
ハガキは「国 誠」。
“分”がない😹
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八王子に越してきて、
市役所で手続きをしたあとに届いたもの。
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で、
未だに手書きのまま😅
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そのうち直るかなと思っていたけど、そのまま。
そして気づけば、
その保険証も使われなくなり、
マイナンバーカードへ移行。
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大事だと思っていたものが、
気づけば、役目を終えている。
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「そのうちちゃんとする」
「いつか整う」
そう思いながら、保険証だけではなく、
大切なものを見過ごして生きてきた気がします。
⸻
今朝、保険証に関するニュースが流れていた。
使えなくなったはずのものが、
別の形で使われている?
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正しいとか、間違っているとか、
簡単には言えない中で、
ふと、
自分の姿が重なる。
⸻
私は今日も、
“いい人になろうとする私”になりすまし、なんとなく保ちながら生きています。
⸻
そして、自分だけ良ければ人はどうなっても構わないと、自分の歯だけを心配してあと、何回通うんだろう…と

CAD/CAM冠は7000円くらいするみたい…高い…

でも、行かないわけにはいかない。

治療が終わってもまた振り出しに戻るだけ。また虫歯になり歯医者へ。

風邪が治っても、また風邪をひく前に戻っただけ。生きると言う問題も、食べなくても死ぬけど、食べても死ぬ。

根本的な問題は何だろう。

「自己とは何ぞや。これ人世の根本的問題なり。」
清沢 満之(きよざわ まんし)(『清沢満之全集』第8巻 p.363)

マイホーム化

何これ〜嘘でしょ…

道産子のわたくし、竹藪を見るとテンションが上がります。
初めて見た京都の竹林の美しさは、一生忘れないと思います。

そして本日、
ご近所さんが「昼採れ」の竹の子を持ってきてくださいました。

でかい。びっくり仰天。
これもまた、一生忘れない竹の子かもしれません。

そのまま庫裡の台所で、下処理までしてくれました。

正直、少しだけ抵抗がありました。
ここは“庫裡の台所”だからです。

けれど、坊守とワイワイやりながら、ふと気づきます。

お寺は、私のものではない。
庫裡もまた、本来そうなのだと。
(完全にマイホーム化しておりますが😹)

見えるところは整えている。
けれど、見えないところはどうだろう。

見えるところは綺麗にして、
見えないところはそのままにしている。

それをそのまま白状すること。
それが、凡夫の姿ではないでしょうか。

立派に見せているだけで、
本当は立派ではない。

だからこそ、念仏申す身であり、
だからこそ、坊さんをしているのだと思います。

叔父が住職だった頃、
お寺にはいつも人が出入りし、
庫裡の居間には笑い声がありました。

今はどうだろう。

時代のせいだけではなく、
私自身が、出入りしにくい空気を
つくっているのではないか。

「お寺はみんなのものです」と言いながら、
どこかで私有化し、閉ざしている自分。

ご門徒を「同朋」として、
本当に出会えているのか。

言葉に耳を傾けているのか。
一人ひとりを、信頼しているのか。

竹の子を下ごしらえしてもらいながら、
そんなことを考えていました。

むーちゃんもチョコちゃんも、
逃げずに大人しくしていました😊

もしかしたら、
保護猫活動をされている方だからかもしれませんにゃ😸

ちぎり絵

昔、別院の御門徒さんからいただいた、
和紙のちぎり絵。

大切にしすぎて、
ずっとしまい込んでいました。

久しぶりに出してみたら──
なんだか、沁みる。素晴らしい

(当時はまだ若くて、
この良さがよく分かっていなかったのかもしれません💦)

あの頃の空気ごと、
そのまま残っているような気がします。

手に取ると、
作品だけでなく、
その方とのご縁や時間までもが、
静かに立ち上がってくる。

毎回、別院の法話会に足繁く通われていた、
とても熱心な聞法者でした🙏

ご縁は、なくなったのではなく、
ただ見えなくなっていただけ。

こうしてまた、出会い直す。