歎異抄 第二条

最近、「SNS版令和の虎」の志願者として私人逮捕系YouTuberの「スーパードミネーター」(登録者数9.8万人)が登場した動画を見ました。「突撃代行サービス『突撃ドミネーター』を世に広めたいです」と訴えた動画でした。

スーパードミネーターは、盗撮犯撲滅を主な目標としつつ、最近は金銭トラブルの解決や詐欺行為をしている人に突撃していると説明し、詐欺や宗教勧誘などを解決する様子をYouTubeやXで配信したいと展望を語り、虎たちとのコラボなどを通して自身の活動を知ってもらいたいと話しました。

その後の最終判断では、一部の虎たちから協力を得ることに成功しました。

その中で、僕は1人の虎に注目して見てました。その虎自身も、学生時代ポンジスキームで900万円の詐欺にあっていました。
その虎の答えはスポンサーはNOでした。
その理由は、

「活動自体はすごい社会性があって素晴らしいものだと思うんですけど、僕はその詐欺にあったことはやっぱり正直もう諦めているというか、勉強代として捉えていて、それの復讐とかその負のエネルギーに自分の時間を使うよりは、それからポジティブに人生より良くする方で考えていきたいていうのが自分の理念なんで」

と話されていました。

僕もいろいろな人生経験の中で、本当に人に言えないような苦労をしてきました。

『歎異抄』第二条で、

「私、親鸞においては、念仏をして阿弥陀仏にたすけられなさい、と法然上人からお聞きして、それを信じているほかにはなにもない。だいたい念仏が、浄土に生まれるたねなのか、地獄におちる業なのか、そんなこと、全く知らん。」

と、仰っております。
そして、瓜生先生は

「どうやっても助からないはずの愚かな人間が、それでもなお自分を捨てきることができず、念仏を私物化して握りしめ、仏に差し出そうとする。その不実さを、親鸞はわが身をえぐるような言葉で、関東から来た人たちに問いかけています。
念仏を称えたら浄土に行けるのではありません。阿弥陀仏が私を浄土に救おうとするはたらきこそが、念仏なのです。」
と、仰ってくださいます。

「負のエネルギーに時間を使うより、未来へ向かった方がいい。」

確かに、その通りだと思います。

でも私は、そう簡単にはできません。

裏切られたこと、
傷つけられたこと、
理不尽な出来事。

何年経っても思い出してしまうことがあります。

「忘れよう」と思うほど忘れられない。

そんな私だからこそ、お念仏の教えを聞かせていただいています。

『歎異抄』第二条で親鸞聖人は、

「念仏が浄土へ生まれる種なのか、地獄へ堕ちる業なのか、私は知らない。」

と言われました。

「私が念仏を称えたから救われる」のではありません。

阿弥陀さまが、

「そんなあなたを、そのまま見捨てない。」

と、今も私に呼びかけてくださっている。

その呼び声が、南無阿弥陀仏なのです。

だから、お盆に亡き人を偲ぶということは、
亡き人を思い出すだけではありません。

その亡き人を縁として、
今を生きる私自身が、何を握りしめ、何に苦しんでいるのかを照らしていただくご縁ではないでしょうか。

だから親鸞聖人は、「立派な人になりましょう」とは言われませんでした。

「そんなあなたを、阿弥陀仏は見捨てていない。」

という心を聞き続けられたのです。

南無阿弥陀仏