経は鏡なり

床屋さんと歯医者さんへ

前歯が欠けてしまったので、歯医者さんに。

当たり前ですが、床屋さんに行っても歯は治りません。

仏教にもいろいろな宗派があり、それぞれに素晴らしい教えや修行があります。

しかし、阿弥陀さまが、この私のために用意してくださった「弥陀の妙薬」。

その薬を教えてくださったのが親鸞聖人です。

どれほど素晴らしい薬があっても、飲まなければ病は治りません。

そして、どれほど素晴らしい教えがあっても、この私自身の問題として出遇わなければ、意味がありません。

煩悩具足の凡夫である、この私のために用意された薬こそ、弥陀の妙薬なのです。

ところが、この私は、自分が病んでいることさえ、なかなか気づくことができません。

歯が欠けたことは、鏡を見ればわかります。

しかし、自分自身の本当の姿は、なかなか見えません。

「経は鏡なり」

人の欠点はよく見えるのに、自分の姿は見えない。

人には厳しく、自分には甘い。

都合の悪いことは見ようとしない。

そんな私の姿を知らせてくださるのが、仏法なのでしょう。

阿弥陀さまは、そのような私を見透かし、なお見捨てることなく、南無阿弥陀仏となってはたらき続けてくださっています。

歯の治療は歯医者さんへ。

髪の手入れは床屋さんへ。

そして、私の迷いの病はお寺へ。

歯は治っても、煩悩は治らず。

煩悩をなくすことのできない、この私。

そんな私だからこそ、阿弥陀さまの本願があるのでしょう。

治ってしまっては、本願そのものが必要なくなってします。

南無阿弥陀仏