正論

昨日、先輩から飲みに誘われました。隣りの中華屋さんですが笑

どうも先日から体調が芳しくなく、珍しく、本当に珍しく、お断りしてしまいました🙏💦

すると先輩から、

「心配しすぎて寝不足です」

というメールが。

先輩はいつも私のことを気にかけてくださる方です。

「顔だけ出して、すぐ帰ろう」

そう思ったのですが、それも無理でした。

それでも先輩は、

「OS-1飲んだら治るから😊」

と笑って、予定どおり尼崎に推し活LIVEへ。

せめて車の中だけでも、少し眠れたらいいなと願っています🙇

ある人は言います。

「酒の飲み過ぎ、寝不足続きだから」

そんなことは、自分でも分かり切っています。

それでも、先輩の言葉は不思議と元気をくれます。

もちろん治ったわけではありませんし、きっとまたお酒も飲むのでしょう😹

そんな中で思い出した先生の言葉があります。

「本尊とは本当に尊いことなんだ。我々はどこかで本尊をものにしている。今、この下がらない私の頭が『そうでありました』と下がった、その事実が本当に尊いこと。その私に頭を下げさせる働きだからこそ、『南無』のところに南無阿弥陀仏がある。」

そして、もう一つ。

「母はもう亡くなっている。戦争も終わった。それでも『敵の玉なんかに当てないから、必ず帰っておいで』という母の言葉が、今もなお私を支え続ける願いとなって生きている。」

人生において、本当に尊いこととは何でしょう。

命を大切にすることももちろん尊い。

しかし、それ以上に、

「そうでありました」と、自分の頭が自然に下がった事実。

その事実こそが、人間にとって本当に尊い出来事なのではないでしょうか。

中々、正論には頭が下がらないものです。

そんなことを、先輩とのやり取りを通して、あらためて教えていただきました🙏

飲み行きたかったな〜😹