最近、お寺の火事のニュースを耳にすることが増えました。
今日、ご近所さんが仕事の休憩時間に電話をくださり、
「最近、お寺の火事が増えているみたいだけど、大丈夫?」
と心配してくださいました。
火災対策のことまで一緒に考えてくださり、そのお気持ちが本当に有り難く、胸がジーンとしました。
その時ふと、
「開教とは、こういうことなのかもしれない」
と思いました。
お寺のご門徒さんというわけではありません。
それでも、お寺のことを気にかけ、住職のことを心配してくださる方がいる。
住職は、何か特別なことができるわけではありません。
ただ、そこにいる。住むのが仕事。
それだけで「心配してくれる人」がいる。
浄土真宗で阿弥陀さまは、私たちの人生を思い通りに変えてくださる存在ではありません。
苦しみを力ずくで取り除くのでもありません。
それでも、どんな時も私を見捨てず、ともにいてくださる。
「あなたは一人ではない」
その願いが、いつも私に向けられています。
今日の一本の電話が、そのことをあらためて教えてくれました。
いるだけで安心と思っていただける。
そんなお寺、そんな住職でありたいと、今日の電話が教えてくれました🙏
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし。」
と。
南無阿弥陀仏

