BASEL工房祭(4月26日(土))
の一環として?マップに載せていただきました。
洋菓子店のマップにお寺が?と少し違和感がありますが、地域密着型のお寺として、こうして町の中に自然と溶け込ませていただけることは、とても有難いことだと感じています。
お寺は特別な場所ではなく、
本来は誰にとっても開かれた場所です。
ふらっと立ち寄れる場所として、
お菓子屋さんやお店を巡るついでにでも、
気軽にお参りいただけたら嬉しいです🙏😌



住職の独り言ささやきです。親鸞聖人は小さなつぶやきやささやきに耳を傾けて人々の言葉を聞き逃さなかった方だと思います。
BASEL工房祭(4月26日(土))
の一環として?マップに載せていただきました。
洋菓子店のマップにお寺が?と少し違和感がありますが、地域密着型のお寺として、こうして町の中に自然と溶け込ませていただけることは、とても有難いことだと感じています。
お寺は特別な場所ではなく、
本来は誰にとっても開かれた場所です。
ふらっと立ち寄れる場所として、
お菓子屋さんやお店を巡るついでにでも、
気軽にお参りいただけたら嬉しいです🙏😌



早いもので、今年もあと268日となりました。
風邪ひきさん9日目。
ほぼ治ったと言っても過言ではありません。
その間、お勤めに行ってくれた坊守には感謝の言葉もございません。
今日は運転手もしてくれて、一緒にお勤め。
葬儀は、ひとりでは勤められないのです。
いるのと、いないのとでは、0と100の違いがあります。(物質的な意味ではありません)
「おれは、助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!」
(モンキー・D・ルフィ)



新聞をヨム日に。
新聞のコラムを読んで、ハッとしました。
「毎回落ちてくるエサ」は、安定していて安心します。
でもそれは一方で、
自分で考えずに“流されているだけの安定”でもあるのかもしれません。
気づかぬうちに、「大きな魚のえさ」になっているとしたらどうでしょう。
主体性を失い、流され、判断できず、受け身のまま。
そして、誰かに消費される側になっていく。
それを仏教では「無明(むみょう)」といいます。
わかったつもりでも、実は動かされている。
そんな迷いの中にいる姿です。
気づけば、SNSで一日が過ぎてしまう自分。
たまにはそんな日があってもいい。寝込んでましたからね。
でも、ずっとそれでいいのかと問われた気がしました。
「大きな魚のえさになる」とは、
自分で考えずに生きることで、誰かに消費される存在になること。
そしてまた、自分も誰かを消費する側となり、
その世界をぐるぐると巡っていく。
ふと、そんなことを思いながら、スマホをいじっております🙏



私はいつも裏表紙に南無阿弥陀仏と書かさせていただいております🙏
蓮のハンコ大活躍です🙏😌

今日は、4月5日(日)
清明
小笠原返還記念日
ヘアカットの日
横町の日・横丁の日
デビューの日
新子焼きの日
オープンカーの日
よごそうデー
横引シャッターの日
みたらしだんごの日
長城清心丸の日
達治忌
風邪ひきさん7日目の日
だから、オープンカー走ってたのか〜
あと、バイクは「オープンカー」とは普通は言いませんが、
発想としては「屋根のない二輪版オープンカー」にかなり近い乗り物かな🤔
バイクブンブン🐝若い子たちの暴◯族も(高速の違う場所で2チーム見ました)
個人的には、思いっきりよごれて遊ぼう! 「よごそうデー」の発想は中々面白いなと思いました。汚しといて綺麗にする日なんて。汚れてもいいんだって日。清く正しく美しくなくていいんだ。そして、頑張ってもなれないし。
私語の日でした〜(あ、毎日か笑)
そして、告知の日
Ambition presents『HIROKI’s Night~出演する3バンドでDのHIROKIがドラムを叩きます』 のチケット情報 でした〜(気になるライブがあるのでチェックしてます🎤一ファンとして)
明日は何の日かな〜楽しみだな〜😊
世界平和の日でありたい
争いが日常で、平和が非日常なんて悲しい



北海道地震を札幌で経験し、
インフラが止まる現実を目の当たりにしました。
その時に強く感じたのは、
「お寺は地域の拠り所であるべき」ということです。
願入寺も、いざという時に
避難場所として機能できるよう、
薪棚を作り、薪を備蓄しました。
使わないのが一番ですが、
「備えあれば憂いなし」。
この薪を使う日が、
キャンプの時だけでありますように🙏
そして、ご近所の造園屋さんから
薪を分けていただけるとのこと。
本当に有難いご縁に感謝です🥹✨
地域の皆さまの“もしも”に寄り添えるお寺でありたいと思います。
今年の漢字は…
「薪」で決まりですね💡(←早い!!)





2年連続の雪。今年は雨と中々天候に恵まれない開教者会報恩講ですが、今年は桜と重なりいい報恩講でした。
そして、御門徒さんから嬉しいメール。
「先日は報恩講に参加させていただき、ありがとうございました。
雅楽の調べから始まる非日常の空間で無心でお念仏を称えることで自分と向き合えたような、最愛の息子にも近づけるような気がして心穏やかになるひとときでした。お誘いいただきありがとうございました。
お斎もとても美味しかったです。練馬駅まで坊守さまに送って頂きありがとうございました。
また今年度の親鸞講座にも参加させていただこうと思っています。引き続きよろしくお願いします。
御礼が遅くなって申し訳ありません。ありがとうございました。」
最愛のご子息を若くして突然亡くされ、かける言葉も見つからず、四十九日、初盆、一周忌、三回忌とご縁をいただく中で、少しずつお寺に仏法に興味を持ってくださり、足を運んでくださり、お忙しい中本当に有難う御座いました。ようこそようこそのお参りでした。
荒山先生のご法話が思い出されます。集う人々は、一人一人いろいろな業を背負ってお参りされている。その一人一人に目を向けられた方が親鸞聖人ではなかったか。
また親鸞講座やニッパチの日で、こうしたご縁を大切にご一緒できたら嬉しいです🙏南無阿弥陀仏

先月は、福島行ったり群馬行ったりと遠出が続き、中々休みもなく、お彼岸に突入した流れでニッパチと疲れが溜まった状況で報恩講をお迎えした朝、あれ?喉が痛い…(昨日、歌ってなかったっけ?笑)
最悪のコンディションの中、無事終わりホッと一息。今日は坊守にお勤め変わってもらいバタンキュー。(熱がないだけましか)
御斎のお弁当をくれました。優しい。メジコンもあと2回分あり、よくなる事を願っております🙏🙇自分に対してご健康とご多幸をお祈りさせていただきます🙏どうぞご自愛ください🥹ご馳走さまでした‼️


逮夜後、懇親会行きのタクシーを玄関で待っていると、自転車で来られた親子が、何か困った様子だったので、声をかけると、子ども食堂に来られたとのこと。
たしか今日ではなく、前にインスタで見た覚えがあったので確認すると1週間前に終わっていた。次回は4月6日。
日にちを間違えて来てしまったけれども、お参りだけさせてくださいと、真っ暗になった本堂の電気を先輩が付けてくれて、手を合わせて、普段と違う報恩講の荘厳をみて感動されてました。
開教者会とは関係ないし、御門徒さんではないと仰っておりましたけれども、報恩講の準備、お勤めをさせていただき良かったなと思った瞬間でした🙏🙇
当日は体調が悪く、本当は休まなければならなかったのですが、やはり病は気からってあるのですね😹
2日間何事もなく無事終わって良かった〜‼️🙏🥹
ps.その親子は4.50分自転車でかかる所からたまに通われているとのこと。息子さんは15歳。将来大谷大学へ行きお坊さんになりたいと。僕みたいな坊さんになったらダメだよ〜😹将来が楽しみですね🙏😊


