「自分がそのお客さんだったら、本当に偏見なく徳江さんのどら焼きを食べられただろうか」
高齢で帰敬式を受式出来ない人の代理は出来ないと、僕には説明する言葉が見つかりません。
偏見なく、平等に仏弟子になる権利は無いのか。
元気で動ける人にしか法名はもらえないのか。
うちの門徒になったばかりに、悲しい気持ちにさせなければならないのか。
西を求めると忽然と大河が現れる。
それまで、問題にもならなかった煩悩が自分自身の問題になる。
「善人ほど、手間暇がかかります」
法名は本山からいただかなければ価値が無いと、
一番偏見を持っていたのは自分でした。


