気温差

この時間もまだ39℃🫠💦
昨日と同じくらい暑いですね🥵

八王子は、今日で8日連続の猛暑日🫨

「もう勘弁して〜😹」
と思っていたら…

え?
明日は26℃!?😳

暑さが少し和らぐのは本当にありがたいですが、この気温差もなかなか身体にこたえそうです💦

皆さまも熱中症だけでなく、急な気温の変化による体調不良にもお気をつけください🙏🍀

ペディグリー・コラプス

無事到着🙏

「10時開式」だと思って朝早めに出たら…
よく予定表を見たら「10時さん」でした💦

開式は10時半💦
(半をさんと…気をつけなきゃ😹)

でも、早い分には良かったです😊

30分待ち時間ができたので、落ち着いて心を整える時間になりました🙏

一昨日登った高尾山の山頂を思い出していたら、「8月2日を八王子の日(802の日)にしよう!」という運動もあるそうですね🤔

知りませんでした😊

今日が八王子にとって素敵な一日になりますように🙏

そして、八王子だけではなく、
世界中の人々が平和な一日を過ごせますように。

私たちは、30代さかのぼれば約10億人ものご先祖とつながっているとも言われます。私一人だけでも、そうなのです。

そう考えると、みんな親戚みたいなものですね😊

しかし、30代前(約750〜900年前)の世界人口は、多く見積もっても3〜4億人程度でした。

つまり、30代前に10億人もの「別々の祖先」がいることは不可能です。同じ人物が父方・母方の両方など、何度も系図の中に現れる「祖先の重複(ペディグリー・コラプス)」が必ず起きています。

それにしても、お地蔵さんに名前つけてあげようかな😄

南無阿弥陀仏🙏

副住職

今日はお寺でご法事🙏

坊守もご法事でお寺を留守にします🙏💦

陽菜にお願いするわけにもいかないので…😹

今日は副住職にお願いしました😊

副住職は普段はサラリーマン。
欧米への出張も多く、世界を飛び回る忙しい毎日ですが、日本にいる時は土日のお休みを利用して、お寺のお勤めを支えてくださっています🙏

本当に有り難い存在です😌

そして、内陣の荘厳は坊守が心を込めて整えてくれました🙏✨

おかげで安心してお任せし、私たちもそれぞれのお勤めへ行ってまいります🙏

スクイズ

「スクイーズが欲しい」

娘にそう言われて、

「スクイズ!?⚾️
ノーアウト三塁でやる、あのスクイズ?」

と真面目に聞いてしまいました😹

「違うよ」

そうですよね(笑)

昨日、妻がお勤め帰りにお店へ連れて行ってくれました😊

たくさん並んだスクイーズの中から選んでいたので、自分が遊ぶために買うのかなと思っていたら…

「はい😊」

なんと、帰宅した私にプレゼントしてくれました🥹✨

自分が欲しいものより、「お父さんにあげたい」と思って選んでくれた気持ちが、本当に嬉しかったです。

今は机の上に飾ってあります😊

触ると、ぷにぷに、もちもち。

心まで柔らかくなるような贈り物でした🙏💕

二日坊主

今日は朝早くからお勤めへ🙏

お朝事は…
三日坊主ではなく、二日坊主になってしまいました😹

いや、ちゃんと起こしたんですよ💡

でも、気持ちよさそうな寝顔を見たら、起こせませんでした😊

「三日坊主はな、何回もしたらいい。一か月に三日坊主を10回やったら30日になる。一年に100回やったら300日やったことになる。何もしないより、ずっといい。」

と、誰かに言われました😊

朝からもう32℃🫠💦
今日も暑くなりそうです。
皆さまも熱中症にはお気をつけてお過ごしください🙏

お内仏の前に座る

早稲田に通う姪がいます。
一方で、中学校へ通うことが難しい娘もいます。

だからこそ、
「生きるって何だろう。」
そんなことを考えさせられます。

世の中は、学歴や成績、数字で人を比べることが当たり前になっています。

けれども、本当にそれで人の価値は測れるのでしょうか。

真城義麿先生は、こんなお話をされていました。

「例えば国によっては義務教育期間中に子どもを数字で比べることが禁じられています。それが子どもをダメにするからです。

その国では、小学校低学年は授業時間にも上限があります。なぜだと思いますか。

脳が疲れるからです。

子どもたちにとって、ぼーっとする時間は、授業を受ける時間よりはるかに大切なんです。

今は脳科学でもそういうことが解明されてきていますが、日本は昔ながらの『長く勉強した人がすごい』という価値観が根強くあります。」

脳科学でも、何もしない時間、静かに考える時間が人間には必要だと言われています。

だから先生は、大谷大学の入学式で学生たちに、

「君たちの誰にも負けない財産は、この四年間という時間を手に入れたことだ。」

と語られました。

アルバイトをして時給を得ることも大切です。

しかし、その時間は、自分のかけがえのない人生そのものでもあります。

「何かの役に立つため」だけではなく、
静かに呼吸をし、
ぼーっと自分自身と向き合う時間。

昔から、お内仏の前に座る時間には、そんな意味もあったのではないでしょうか。

学校へ通っていることも、
学校へ通えないことも、
学歴があることも、
ないことも、

人のいのちの尊さを決めるものではありません。

誰かと比べるために生きるのではなく、
自分自身の「いのち」と向き合う時間を持つ。

それがお内仏の前に座るということなのかもしれません。

「仏法を聴くと、生きづらさが涙となってあふれることがあります。しかし、その涙は、生きていく力にもなります。」

そんな言葉を、今は自分自身に言い聞かせています。

……とはいえ、
「住職はいつもボーっとしてる😹」
と言われそうですが(笑)

そして、このまま小卒になったらこの娘はどうなるんだろうと、ぼんやり考えております。

南無阿弥陀仏