ワイン🍷会

先生から『誰が永山則夫を殺したのか』を渡されて、26日に死刑制度について語ることになった。

「読まなきゃなぁ」と本を手元に置いていた、そのタイミングで――今日8月21日、高見素直死刑囚の刑が執行された。約1年2か月ぶり、高市政権では初めての執行の速報が。

しかも、新聞の記事(20日)を見ると、執行直前に「永山子ども基金」の遺志を受け継ぐチャリティーコンサートの記事まで載っている。

先生から本を渡されていなかったら、

「死刑が執行されたんだ」

くらいで、そのままニュースや記事を通り過ぎていたかもしれない。

でも今は、

「死刑とは何なんだろう」
「国家が人を殺すとはどういうことなんだろう」
「被害者や遺族の苦しみと、死刑囚の命をどう考えるのか」

という問いとしてニュースがこちらに向かってくる。

しかも今回の事件では、裁判員裁判で「絞首刑が憲法の禁じる残虐な刑罰に当たるのか」まで争点になっていた。

なんだか26日に向けて、

「偶然が重なった」というより、今まで素通りしていたものが、ご縁によって“問い”として見えるようになったという感じがします。

ただのワイン🍷昼飲み会だと思ってたのに😹🙏

どうやら、そう簡単には飲ませてもらえないようです🍷📚😹

「出会い」は「出て、会う」

昨日は久々の久々〜の牛繁🥩

戸越にいた頃はよくお世話になっておりました。
(近くに焼肉屋さんはそこしか無かった…😹)

久々ですね〜。
いいですね〜😊

5枚しかない牛タンに乗せるためだけに、この大量のネギ。

このアンバランスがいい🤣

からの、行きつけのBAR🍺🥁

そこでたまたま、ロケ◯ト🚀の営業さんがいて、
なんと坊主バーのご予約をいただきました😄🙏

どこで、どんなご縁に遇うか分からないものですね。

焼肉を食べに行って、BARで飲んで、
坊主バーの予約をいただいて帰ってきました😹

これも営業活動……
ということにしておきましょう🤣🙏

「出会い」は、「出て、会う」。

出ていかなければ、会えない人がいる。
出ていったからこそ、遇えるご縁がある。

そう考えると、
飲みに出るのも大切ですね🍺🙏

……ということで、また飲みに行く理由が一つ増えました🤣

ラブ上等

8月4日から、ラブ上等2が始まったと言うことで、1も見てない私は2日間かけて見ました。

先輩から、「水はやべぇだろ」と言う名言を聞いていたので、いつその台詞が出てくるのか楽しみにしてました。

内容はともかく、20年くらい前の先生の言葉が思い起こされました。

「我が身が明らかになるというところに、仏道ありということを忘れて、念仏者とはこうあるべきじゃないかとか、教研生ってこうあるべきじゃないかとかということを、いつの間にか知らず知らずのうちに人を裁いてしまう。そういう心を天親は「我一心」、自督の詞としておさえてくださっております。督というのは左訓にあきらかになる。勧なり、率なり、正なり、俗は「とく」に作る。この率いるということは、統率者という意味があり、蓬茨先生は当事者と解説し、仏法の当事者になっていくという意味で、引き受けるという意味だと。引き受けるとは具体的に、「自らが正されていく」という意味を督という字で述べられております。念仏者のあり方というのはこういうあり方なんだと知らされるのは、聖典であり、仏語によって知らされるということではありますが、それが具体的になるというのは、やはり、人との出会いを無くして仏語と出会うということは、難しいのだと思います。それこそ、師や友と出会えるような、見い出せるような自分自身となっているのか。もちろん、師や友というのを、教研の中の狭い世界で考える必要はないんだと思います。この21人の中で友がいなきゃならないのかといったら、あいのりで5人くらいいる中で、恋愛してくれっていうのと同じですよね。笑

私はみんな嫌いだって言ったらおしまいです。そういう狭い世界の中で見つけるっていうことではなくて、やっぱり、外に出てそういうことが問われてくるのではないでしょうか。師や友が見いだせるような自分自身になってるんだろうか。そういう私の在り方を、正してくださる人との出会いということが、大事なんだろうと思います。

以前、畠山先生からよく、

「答えに立つな問いに立て」といわれました。

あるお寺で、その先生の言葉を引用して「問いが大事だ、問いが大切だ」と法話をしていたんです。

そしたら、そこの御住職に、問いが大切だということを、答えにしてないかといわれまして、俺はどうしたらいいんだと思いました。笑

そう私は教えられたんですっていうことで、未だに深い意味はわからないんですが、いつの間にか問いに立てってという事自体も、答えとして握りしめてしまうことがあるのでしょう。そういうことを、正されるというか、見直されるような人との出会いというか。

正直いって、今期初めて教研のスタッフに呼ばれて、正直嫌でした。安穏と自分のとこの寺で家族と生活してたほうが僕は楽でいいなあと、常日頃思ってるのですが、皆さんそんなことないですか?笑

たくさん学びたいと思って来た?分ちゃん?笑

僕はどちらかと言ったらそうなんですよね。研修会には出たいけど、スタッフとしての教研は実際大変だし、嫌だなあって思ってたんですけど、一つやっぱり理由としてあったのが、出会いっていうことかなと思って、引き受けさせてもらいました。

やっぱりお寺だけにいたら、その中に出会いというのはあるのかも知れないですけれど、やっぱり厳しい場に身を晒すことによって、そこでまた出会っていくということは、また違うし、厳しく辛いような現場で身を晒すということの大事さということを感じました。」

最初は、「水はやべぇだろ」を楽しみに見始めたはずが、最後は二十年くらい前の先生の言葉に出遇い直していました。

第2号

今年の第2号‼️
しかも第1号から3ヶ月ぶり😹

「今年はもう咲かないのかな〜?」なんて思っていたところに、忘れた頃にひょっこり😊

でも、たくさん咲くのも嬉しいけど、なかなか咲かないからこそ、一輪がこんなに嬉しい☺️