昨日の御斎では絶対出そう‼️
と、思ってたランチョンマット。
忘れてた…
どうしていつも忘れてしまうのだろう…
俺のバカバカバカバカバカ‼️😵

昨日の御斎では絶対出そう‼️
と、思ってたランチョンマット。
忘れてた…
どうしていつも忘れてしまうのだろう…
俺のバカバカバカバカバカ‼️😵

八王子、レベル4土砂災害危険警報☔️
最近は、
雨が降ったり、止んだり。
晴れたり、曇ったり。
人間の都合とは関係なく、
自然は自然のままに動いております🙏
そんな今日は、茨城までお墓参りに行った知人から、
水戸の納豆をいただきました🙏😌
有難うございます✨
そのまま乾杯🍻
からの……
久しぶりのドラム🥁😹
法事をしたり、
ご飯を食べたり、
お酒を飲んだり、
お盆について語り合ったり、
時にはドラムを叩いたり。
やっぱり坊主バーは最高ですね😄🍻🥁
……そう思っているのは、
僕だけでしょうか😅
雨の夜。
皆さま、どうぞお気をつけてお過ごしください🙏




今年もお盆の月になりました。八月で忘れてはならないのは日本の敗戦です。戦争の実体験のない私ですが沖縄に旅行した折、まだ二十才にもならないガイドの方が沖縄戦の歴史を涙をうかべて語られ頭が熱くなったことでした。きっとそのガイドさんはおじいさん、おばあさんから戦争の悲惨さを朝な夕なに話られたのを聞いたのでしょう。当時の沖縄知事が琉球新報に「これが沖縄戦だ」を連載され、それが出版されておりますが、仲宗根政事琉球大学名誉教授が序をかかれています。その序に天文学的数量の充弾がぶちこまれ瓦礫の死の街と化し、住民をまき込んで約25万人とも言われる死者を出した戦争はなんだったのかと問われる。
国を守るとは一体どういうことなのか。戦争はだれのためにそして何のためにやるのか。人はなぜ殺し合わねばならないのか。国を守るという大義名分で殺りくのかぎりを尽すことがはたして誰が誰を守ることになるのか。国あっての人でなく、人あっての国ではないのかと問いかけている。
ご主人を沖縄戦で失った作家の岡部伊都子さんは「沖縄の骨」という著物に次のように述べられる。人殺しはするな。軍事基地は無くせ。戦浄を無くせ。差列を無くせと生死を超えた骨たちが叫んでいる。どこのどなたの骨か。邦夫さんの骨か、入りまじりもろもろになって土になりつづけ叫びつづけているにちがいないと。更にこれまで骨かなしむ沖縄と言いつづけてきたが、この骨かなしむは生きている自分が無念に殺された骨をかなしんでいるという思いであった。しかし今回、はじめてその磨滅の骨から、こちらの方の成り行きが悲しまれているのではないか、と思い当った。くだけゆく骨がまだ生きている骨たちの行方がどうなるか心配されているという意しみの実感と言われる。
人間は大義名分、自己の行動を正前化するといかなる残虐な行為もしかねない。如来さまは自分の思慮分別は決してまちがいがないと思っていませんかと問題を投げかけてくれる。果してこの私が今年のお盆のお墓まいりでお骨からどんな叫びを聞きとることができるでしょうか。(東別院テレフォン)
こっちにきて、初めての還骨法要を頼まれた。
北海道の時は普通だった。
葬儀後、ご遺族は火葬場へ。
その間、お寺さんは月忌参りや法事へ。
そして、お骨になって式場へ戻ってくるタイミングを見計らい、もう一度式場へ戻って還骨法要。
それは、忌中引きのお勤めも兼ねていた。
四十九日に来られない遠方の親戚の人の為に、みんな集まってる時に、初七日から六七日を省略して、還骨法要と一緒に四十九日のお勤めをしてしまうのが、忌中引き。忌中を省略する、引くから忌中引きなのだよと教えられたことを、葬儀屋さんに話ししたら、初めて聞いて勉強になりましたと。
今は、葬儀中に初七日のお勤め。火葬場へ同行し炉前経で帰宅。四十九日のご依頼もされるかされないかわからない時代になってしまったのは、こちら側お寺の責任でもある。
法名もつけないで、俗名でのお勤め。説明すると、ご遺族は付けたそうにしていたが、葬儀屋さんがもう伝えてありますからと押し切られたような感じ。やはりそれもお寺の責任でもあります。
「昔はこうだった」と懐かしむだけではなく、今回の還骨法要のように、一つひとつのご縁の中で、
なぜ還骨のお勤めをするのか。
なぜ中陰を勤めるのか。
なぜ法名をいただくのか。
そして、なぜ生きるのか。
を、丁寧に尋ねていく必要があります。
坊守が、先生からのお手紙を、「御文が届いた、御文が届いた」と喜んでおります。
電話とかメールではなく、直筆のお手紙はとても嬉しいですね😊有難う御座いました🙏

昨日は盆の入りにお寺でご法事🙏
法事のあとは、坊守さんも一緒にと御斎を呼ばれ、その後はカウンターへ移動して坊主バーで飲み直し。
昔とだいぶお盆の様子が変わってしまいましたが、
昔のように20軒を駆け回るお盆ではなくても、一軒、一座、一人ひとりと、ゆっくりご縁を結ぶお盆は、とても貴重で、願入寺らしいご法事でした🙏😌



