お父さんの日

さて今日は、

月遅れ盆迎え火
函館夜景の日
左利きの日
怪談の日
ペッカー・山ちゃんのリズムの日
一汁三菜の日
石井スポーツグループ 登山の日
お父さんの日
水巴忌
虚空蔵の縁日

……と、いろいろな日でもあります🙏

それにしても、まさか今日が「お父さんの日」だったとは知りませんでした😹

お花も整え、提灯も出して、お盆を迎える準備も万端⁈🙏

睡蓮も久々に蕾が😊

私の準備も、おにぎりとパンで万端です🍙🥐😹
いつも有難う🥹🙇

宣誓 

私たちはすべての方々に感謝を抱き、戦っていきます。

人生には幾多の困難が待ち受けています。 

人々は明日へ踏み出そうと歩みを進めるたびに、自然は何度も何度も大きな試練を与えてきます。 

しかし困難は下を向く要因ではなく、前を向き、仲間とともに支え合い、道を切り拓く大きな原動力である。私たちはそう信じています。 

今、野球ができることは決して当たり前ではありません。だからこそ高校球児は〝いい顔〟をして野球をしよう。 

〝いい顔〟の概念は状況によって変わります。戦いに身を投じている時の緊張した顔、勝負に敗れ涙をぐっとこらえる顔、感謝の気持ちにあふれた満面の笑顔。〝いい顔〟で日々を過ごすことは周りの方々にも元気や希望を与えます。 

移り行くこの時代に、選手が、高校球児が大きな戦いを頑張るためには27個の最後のアウトを全員が頑張って摑み取ることだと思います。

この聖地、甲子園で野球ができることの感謝を胸に多くの人々に感動と勇気を与えられるよう全力疾走で駆け抜けプレーすることを誓います。 

令和8年 8月5日 八王子実践・矢沢陵磨主将(3年)

さて、いい顔で行って来ます🙏 願入寺 国分 誠

清里焼酎

今日は、願入寺でご法事🙏

「坊主バーも楽しみにしています😊」
とのことで、御斎のお寿司も注文して、お酒の準備も万端です🍣🍶✨

「うちと言えば、やっぱり清里焼酎‼️だよね〜」

なんて坊守と話していたら……

なんと、たまたまテレビから清里焼酎の話題が😹📺

しかも、さつまいも🍠で造った新しい清里焼酎‼️

「これは飲んでみたい😆」

と思ったら、町内限定販売のうえ、現在は完売とのこと……

残念😹💦

まあ、僕はポテト🍟が大好きなので、
さつまいもの焼酎がなくても、じゃがいもの清里焼酎で大丈夫です🙏😌✨

今日は、お参りのあと、お寿司を囲みながらゆっくりと🍣🍶

こうしてご法事のあとに語り合える時間も、大切なご縁ですね🙏😊

今月の子ども食堂

お友達のみんな〜‼️
(もちろん大人も含む😹)

夏休み、満喫してますか〜⁉️☀️
楽しんでますか〜⁉️
宿題、終わりましたか〜⁉️📚😹
夏休み、いつまでですか〜⁉️

さてさて‼️
今月もやります😊✨

🌽小さな寺子屋〜ひよこ〜 子ども食堂 🌽

8月28日(金)
16:00〜18:00
願入寺にて🙏

そして今月のメニューは……

ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル……🥁

ジャン‼️✨

⭐︎そうめん

⭐︎かぼちゃそぼろ煮

⭐︎とうもろこし(帯広直送)

⭐︎お楽しみ野菜

⭐︎かき氷(6種類のシロップから選べます)

⭐︎縁日のおもちゃを配ります🧸

です😊‼️

毎年、十勝から美味しいとうもろこし🌽が送られてきます🙏

今年の北海道は冷夏で、とうもろこしの発育もあまり良くないようですが……

とはいえ‼️

北海道・十勝のとうもろこしは格別です🤤🌽✨

子どもも、大人も、お父さんも、お母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも😊
みんなで一緒にご飯を食べましょう🍚

食べに来るだけでもよし。
おしゃべりするだけでもよし。
ちょっと遊びに来るだけでもよし😆

夏休みの終わりに、みんなの元気な顔を見られるのを楽しみにしています😊✨

待ってるよ〜ん🤗🌽✨

18歳未満:無料
18歳以上:300円

📍願入寺
東京都八王子市中野上町4丁目32-1

主催:小さな寺子屋〜ひよこ〜

あっというま間

「来てあげた」
「呼んであげた」

きっと、お互いそんな気持ちも少しはあったのでしょう。

帯広から東京へ。
長いようで、あっという間だった12日間。

高尾山に登って、サマーランドへ行って、お祭りにも行って、誕生日を祝って、ご飯を食べて、笑って、時には大喧嘩もして、

そして今日、羽田空港へ✈️

台風15号の影響で欠航や遅延が相次ぎ、空港は大混乱💦
約1万人もの方に影響が出たようですが、陽菜の飛行機は無事に飛んでくれました🙏

最後に羽田の床屋さんで髪を切って帰ろうと思ったら……

まさかのお休み😹💈

前回もらった100円割引券は、また次回ですな🤣

「来てあげた」つもりが、
「来てくれて有難う」になり、

「呼んであげた」つもりが、
「来てくれて有難う」になる。

それぞれに、それぞれの思いがあった12日間。

楽しいことばかりではなかったけれど、それも全部ひっくるめて、この夏の思い出です😌

12日間の夏の冒険、これにて終了🙏

無事に帰れました✈️
またおいで😊

……いや、

また「来てあげる」かな😹

マヨネーズ

たまたまラジオを聴いていたら、
「冷やし中華にマヨネーズをかけたら旨い!」
と力説されている方がおりました😊

そして先日、日本のマヨネーズが世界を魅了しているというニュースが。

「ソース類」の輸出額が過去最高を更新し、日本のマヨネーズも海外で大人気だそうです😊

妻のお父さんは大学を卒業後、キユーピーに入社し、定年まで勤め上げました。

長年キユーピーを支えてきた一人として、このニュースはきっと喜びもひとしおだと思います😌

そして何を隠そう、私も立派なマヨラー😹

日本のマヨネーズが世界中で「おいしい!」と言ってもらえるのは、なんだか嬉しいですね😊

ただし……

頼んでもいないのに何にでもマヨネーズをかけたり、相手が苦手なのに
「マヨかけた方が絶対うまいって!」
と押しつけたりするようなマヨラーではありません🙏😌

マヨネーズは、お好みで😹

そして、「キューピー」ではなく「キユーピー」と表記することもお忘れなく😄

対話

今日、坊守が行った御門徒さんのお参りに懐かしい本が🙏

住職が行けば良かったのに〜と言われて、そんな〜😹と。

「まだまだ言い尽せなかったことが多くありますが、その点は僧侶にどんどんご質問していただきたいと思います」

冊子だけで完結させず、そこからお寺とのご縁、僧侶との対話が始まってほしいという願いが書かれています。

今日、何十年か経ってその冊子を挟んで坊守と御門徒さんが話しているわけですから、ある意味では、この「あとがき」の願いが今も生きていると思います‼️

ひたむき

ご縁がいつまでも続く保証なんてないし、「また今度」が必ずあるわけでもない。
だからこそ、いただいた一つひとつのご縁を当たり前にせず、目の前を精いっぱいをひたむきに🙏

ただ、「頑張れば必ず報われる」ではなく、「報われるかどうか分からなくても、今できることを尽くす」

それが「ひたむき」ということなのかもしれません🙏

お朝事

お朝事 

仏さまの前に座って、手を合わせ、頭を下げる。
ある先生が、「お朝事は、謝る練習でもある」とおっしゃっていました。

私たちは、なかなか頭が下がりません。
「自分は悪くない」
「あの人が悪い」
「自分は間違っていない」
そうやって、頭を上げて生きています。

そんな私が毎日、仏さまの前では頭を下げる。
頭の下がらない私の頭が、下がる練習をさせていただいている。

朝、陽菜は起きてきませんでした。

坊守は早くからお勤めへ。

今日は一人🙏

一人でお勤めをしながら、昨日からずっと心に残っている言葉があります。

「私たちはいつの間にか
多数を正義として
ひとりを見失っていました」

学校へ行けないという事実だけを見ると、いつの間にか「学校へ行けない子」の側に問題があるように考えてしまう。

でも、いじめた側は何事もなかったように学校へ通い、いじめられた側が学校へ行けなくなり、その子や家族だけが「この先どうなるのだろう」と不安を抱える。

それは、どこかおかしな話。

しかし、
学校へ行くことは大切かもしれません。
けれど、学校へ行くこと以上に、その子がその子として生きていくことの方が大切。

みんなと同じ道を歩けなくてもいい。
学校だけが学ぶ場所でも、生きる場所ではない。

遠回りに見える道も、立ち止まる時間も、その子にしか歩めない大切な人生の一部。

「多数」の中へ戻すことばかりを考えるのではなく、
目の前の「ひとり」を見失わない。

「いじめられる方にも問題があるんじゃないか」
「どっちもどっちなんじゃないか」

私自身、そんなふうに思ってしまうことがあります。

けれども、それこそが、

「私たちはいつの間にか
多数を正義として
ひとりを見失っていました」

という言葉に照らされている私の姿なのだと思います。

仏さまの教えを聞いているからといって、
私が教えの通りに生きられる人間になったわけではありません。

人を比べ、裁き、
多い方に安心し、
自分に都合のいい正義をつくって、
目の前の「ひとり」を見失ってしまう。

もし私が、教えられた通りに生きることのできる人間なら、
そもそも教えなど必要ないのでしょう。

教えに背いて生きている私だからこそ、
教えが光となって、私の姿を照らし出すはたらきとなる。

光があるから立派になるのではなく、
光に照らされて初めて、
「ああ、私はまた、ひとりを見失っていた」と知らされる。

だからこそ、教えは光り輝くのだと思います。

確かに、私にも頭を下げなければならないことがあります。

離婚をして、母子家庭の中で寂しい思いをさせてきました。

そして私は再婚し、八王子で新しい生活を送っている。

娘のことを思えば、「本当に申し訳なかった」と、頭が下がります。

過ぎてしまったことを、なかったことにはできません。

けれども、頭を下げたあと、ずっと下を向いていなければならないわけではありません。

頭を下げたからこそ、もう一度、前を向いて歩いていく。

学校へ行けないなら、無理に「多数」の側へ押し戻すのではなく、陽菜が陽菜として歩いていける道を、一緒に探していこう。

それが今、父親としてできることなのだと思います。

私も間違える。

また「ひとり」を見失ってしまうかもしれない。

だからこそ、また仏さまの前に座り、手を合わせ、頭を下げる。

そしてまた、照らされながら生きていくのです。

……まあ、今は夏休みなので、そもそも学校はありませんが😄

それでも、他の子たちは部活に勉強に遊びにと、それぞれの夏休みを過ごしているのでしょう。

陽菜も、陽菜の夏を生きています。

明日、陽菜は帯広へ帰ります。

寂しいです。

もっとこうしてあげればよかった。
あの時こうしていればよかった。

思えば、いろいろなことが出てきます。

それでも、過ぎた日には戻れません。

だから、今日を生きる。

離れていても、父親であることに変わりはありません。

陽菜は陽菜の道を。

私は私の道を。

そしてまた、ご縁があれば一緒に歩けばいい。

寂しいけれど、私たちは生きていかなければなりません。

頭を下げたら、また頭を上げて。

今日もまた、頭を下げて上げて忙しい🙏

そして、頭を下げて気づく。

寝癖がひどい😹

南無阿弥陀仏🙏