お任せ

昨日、メッセージカードをお渡ししたスタッフさんから、

「前にも違うところでいただいたカード、大切にスマホケースに入れて持ち歩いてるんです😊」

と、見せてくれました。

まさか、ずっと持っていてくれたとは🥹🙏

そして今回お渡しした2枚目も、

「これも大切にします。御守りにします😊」

と😹✨

御守りを作ったつもりはないのに、
御守りになっていたとは🙏

ほんの小さな一枚のカードでも、
そこに込めた言葉や想いは、
自分の知らないところで誰かの心に残っているのかもしれません。

こちらの方が、嬉しい言葉をいただきました😊

「実はこれ、坊守が書いてるんです」

と言ったら、

「それなら尚更嬉しいです😊」

と😹✍️✨

その昔、毎月『同朋新聞』を月忌参りでお配りしていた頃のこと。

あるお宅へ伺うと、先月お渡しした『同朋新聞』が、ぐちゃぐちゃになって花瓶の下敷きになっていました😹

一生懸命お渡ししても、
読むか読まないかは、その方にお任せの世界。

任せられたら楽になる。
任せられないから苦しくなる。

メッセージカードも、9割くらいの方が感謝の言葉をくださいます🙏

でも時々、

「受け取った方も、処分に困ってるんじゃないかな〜😹」

なんて思うこともあります。

以前には、

「葬儀社の事務室に、メッセージカードが大量に保管されてましたよ😹」

と教えてくれたスタッフさんもいました。

スマホケースに入れて御守りにしてくださる方もいれば、
事務室に保管されるカードもあり、
もしかしたら、そのまま処分されるカードもあるでしょう。

それでいいんだと思います🙏

こちらは、ご縁をいただいた感謝を込めてお渡しする。

その先は、お任せ。

受け取るもお任せ。
読むもお任せ。
残すもお任せ。
捨てるもお任せ。

「どうか大切にしてください」ではなく、

「受け取ってくださって、有難うございます🙏」

そこまでが、私たちにできることなのかもしれません😊

「南無」とは、帰依します、帰命しますということ。

自分の思い通りにしようと握りしめるのではなく、
お任せしていく。

任せられたら楽になる。
けれど、なかなか任せられない私がいる。

そんな私だからこそ、

南無阿弥陀仏🙏

なのだと思います。

焼きそば

今年もやって来ました。

この日が😹

今日は朝からご葬儀🙏
無事に終わって、帰宅して「ちょっと横になろうかな〜」と思っていたところ……

坊守から、

「人手が足りない💦」

との連絡。

坊守も葬儀のあとで疲れているのに、そのままお祭りのお手伝い。
本当に頑張り屋さんです🙏💦

私も行かずにはおれない性格😹

ということで、今年も鉄板の前へ🔥

雲行きはかなり怪しかったものの、今年はびっくりするくらい涼しい😳

途中、少しゲリラ雷雨もあったようですが、焼きそばは無事完売‼️

……というか、いろいろ材料が足りなくなって途中で終了😹💦

一体どうなっているのでしょう😅💦

私はもう、

焼く🔥
焼く🔥
ひたすら焼く🔥

そして、焼くだけ焼いて退散😹

「わしゃ〜子どもたちの喜ぶ顔が見たいだけなんじゃ〜!」

という心の叫びが通じました😄

ちなみに……

今年は踊りませんでした😊

朝は葬儀、夕方からは焼きそば。

葬儀に祭りに、人生何があるかわかりません😹

今日も一日、お疲れ様でした🙏😊

そして……

あれだけ焼いた焼きそば。

私は一口も食べてません😹

帰る途中、ご近所さんに配っていたら無くなりました😅

ま、いっか😊

明日もあります。どうしよう😹💦

愛猫

「縁の深い者が死んでゆくのは悲しいのです。
悲しいのだけれども、その悲しみを乗り越えて、勇気というか、力をいただいてゆく・・。
そういう葬式が、本来勤められていたわけです。」(竹中先生)

南無阿弥陀仏

葬儀とは

「縁の深い者が死んでゆくのは悲しいのです。
悲しいのだけれども、その悲しみを乗り越えて、勇気というか、力をいただいてゆく・・。
そういう葬式が、本来勤められていたわけです。」(竹中先生)

南無阿弥陀仏

800食

「わしゃ〜子どもたちの喜ぶ顔が見たいだけなんじゃ〜!」

という心の叫びをグッと堪えて……

今日はご法務🙏

今年は焼きそば、無理かな〜😅💦💦💦

でも、間に合ったらきっと、
気づけばエプロンして鉄板の前に立ってるかも😹🔥

そして、踊ってるかも⁈

雨の夜

八王子、レベル4土砂災害危険警報☔️

最近は、
雨が降ったり、止んだり。
晴れたり、曇ったり。

人間の都合とは関係なく、
自然は自然のままに動いております🙏

そんな昨日は、茨城までお墓参りに行った知人から、
水戸の納豆をいただきました🙏😌

有難うございます✨

そのまま乾杯🍻

からの……

久しぶりのドラム🥁😹

法事をしたり、
ご飯を食べたり、
お酒を飲んだり、
お盆について語り合ったり、
時にはドラムを叩いたり。

やっぱり坊主バーは最高ですね😄🍻🥁

……そう思っているのは、
僕だけでしょうか😅

雨の夜。
皆さま、どうぞお気をつけてお過ごしください🙏

ランチョンマット

昨日の御斎では絶対出そう‼️

と、思ってたランチョンマット。

忘れてた…

どうしていつも忘れてしまうのだろう…

俺のバカバカバカバカバカ‼️😵

水戸納豆

八王子、レベル4土砂災害危険警報☔️

最近は、
雨が降ったり、止んだり。
晴れたり、曇ったり。

人間の都合とは関係なく、
自然は自然のままに動いております🙏

そんな今日は、茨城までお墓参りに行った知人から、
水戸の納豆をいただきました🙏😌

有難うございます✨

そのまま乾杯🍻

からの……

久しぶりのドラム🥁😹

法事をしたり、
ご飯を食べたり、
お酒を飲んだり、
お盆について語り合ったり、
時にはドラムを叩いたり。

やっぱり坊主バーは最高ですね😄🍻🥁

……そう思っているのは、
僕だけでしょうか😅

雨の夜。
皆さま、どうぞお気をつけてお過ごしください🙏

沖縄の骨

今年もお盆の月になりました。八月で忘れてはならないのは日本の敗戦です。戦争の実体験のない私ですが沖縄に旅行した折、まだ二十才にもならないガイドの方が沖縄戦の歴史を涙をうかべて語られ頭が熱くなったことでした。きっとそのガイドさんはおじいさん、おばあさんから戦争の悲惨さを朝な夕なに話られたのを聞いたのでしょう。当時の沖縄知事が琉球新報に「これが沖縄戦だ」を連載され、それが出版されておりますが、仲宗根政事琉球大学名誉教授が序をかかれています。その序に天文学的数量の充弾がぶちこまれ瓦礫の死の街と化し、住民をまき込んで約25万人とも言われる死者を出した戦争はなんだったのかと問われる。

国を守るとは一体どういうことなのか。戦争はだれのためにそして何のためにやるのか。人はなぜ殺し合わねばならないのか。国を守るという大義名分で殺りくのかぎりを尽すことがはたして誰が誰を守ることになるのか。国あっての人でなく、人あっての国ではないのかと問いかけている。

ご主人を沖縄戦で失った作家の岡部伊都子さんは「沖縄の骨」という著物に次のように述べられる。人殺しはするな。軍事基地は無くせ。戦浄を無くせ。差列を無くせと生死を超えた骨たちが叫んでいる。どこのどなたの骨か。邦夫さんの骨か、入りまじりもろもろになって土になりつづけ叫びつづけているにちがいないと。更にこれまで骨かなしむ沖縄と言いつづけてきたが、この骨かなしむは生きている自分が無念に殺された骨をかなしんでいるという思いであった。しかし今回、はじめてその磨滅の骨から、こちらの方の成り行きが悲しまれているのではないか、と思い当った。くだけゆく骨がまだ生きている骨たちの行方がどうなるか心配されているという意しみの実感と言われる。

人間は大義名分、自己の行動を正前化するといかなる残虐な行為もしかねない。如来さまは自分の思慮分別は決してまちがいがないと思っていませんかと問題を投げかけてくれる。果してこの私が今年のお盆のお墓まいりでお骨からどんな叫びを聞きとることができるでしょうか。(東別院テレフォン)

還骨法要

こっちにきて、初めての還骨法要を頼まれた。
北海道の時は普通だった。
葬儀後、ご遺族は火葬場へ。
その間、お寺さんは月忌参りや法事へ。
そして、お骨になって式場へ戻ってくるタイミングを見計らい、もう一度式場へ戻って還骨法要。
それは、忌中引きのお勤めも兼ねていた。
四十九日に来られない遠方の親戚の人の為に、みんな集まってる時に、初七日から六七日を省略して、還骨法要と一緒に四十九日のお勤めをしてしまうのが、忌中引き。忌中を省略する、引くから忌中引きなのだよと教えられたことを、葬儀屋さんに話ししたら、初めて聞いて勉強になりましたと。

今は、葬儀中に初七日のお勤め。火葬場へ同行し炉前経で帰宅。四十九日のご依頼もされるかされないかわからない時代になってしまったのは、こちら側お寺の責任でもある。

法名もつけないで、俗名でのお勤め。説明すると、ご遺族は付けたそうにしていたが、葬儀屋さんがもう伝えてありますからと押し切られたような感じ。やはりそれもお寺の責任でもあります。

「昔はこうだった」と懐かしむだけではなく、今回の還骨法要のように、一つひとつのご縁の中で、

なぜ還骨のお勤めをするのか。
なぜ中陰を勤めるのか。
なぜ法名をいただくのか。

そして、なぜ生きるのか。

を、丁寧に尋ねていく必要があります。